昨年度受賞アイデア


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あるとしたらこんなミチ

~ミチという日常の中の教室~
大阪大学大学院 阿部里歩

1 アイデアの概要・コンセプト
倉敷市の中心に位置する倉敷東小学校に通う小学生と、対象敷地内の地域住民の利用を目的とした実際生活の中の「学びのミチ」を計画する。


「学びのミチ」とは、既存小学校の巨大なサテライトのことであり、小学生が履修するべき座学以外の日常生活における実践的な学びのための教室である。対象敷地の大通りに沿って、様々な分野の学びと発見を誘発するための教室を既存の商店(空き家・空き地)、伝統的建築物群の裏側エリアに子どものミチとして挿入する。建て替えではなく、既存の構造躯体をなるべく残し、建築内部に教室となるための壁を挿入し、商店と学ぶ空間である教室の中間領域を子どもの動線とカリキュラムを関連づけて新たに計画する。

 

2 アイデアの着想点・提案理由・提案の背景
1.敷地は、岡山県倉敷市。倉敷駅前地区の昔ながらのえびす通り商店街から美観地区エリアまでのアーケードに沿った道なりである。現在、商店街は駅前の大型ショッピングモールなどによって、客足が激減し、シャッター通りと化している。 中心市街地の中央部にある鶴形山は、海抜40メートルの独立丘である。山上には倉敷の総鎮守である阿智神社が鎮座する。南麓には町並み保存地区で観光地でもある倉敷美観地区があり、白壁が特徴的な美しい伝建築物が有名である。


 この歴史ある土地で育つ地元の子どもたちには、もっと実際生活での地元の魅力を学んでいける環境が必要なのではないだろうか。


2.明治以降、日本の学校教育では、全ての子どもに均質な学力と集団生活のモラルを身に付けさせる学びが必要とされ、その方法として、クラス単位で教員から一方的に教えられる画一的な一斉授業が学校における学びのスタイルとして定着した。しかしながら、現代社会において、子どもを取り巻く環境は大きく変化した。


「豊かな社会」が出現し、人々の価値意識が「モノ」から「意味」へと変容したこと、さらには情報化、国際化も進んだことを受け、個性を持って生き自己実現できる社会が求められるようになった。にもかかわらず、依然として多くの学校では画一的な一斉授業が行われている。社会変化を受け、学校教育も変化する必要がある。これからの学校には、自己実現してゆけるための学びを援助する場として機能していく必要がある。年齢も、能力も、興味をもつことも違う子どもたちには、どのようなガッコウが必要だろうか。
 子どもたちが育ち、学ぶ環境として本当にふさわしい場所とはどこだろうか。

 

3 提案する具体的な事業内容
今回提案する「学びのミチ」の主なプログラムは、小学校の巨大なサテライトである。この地域の東小学校に通う小学生たちと地域住民を対象とした街の中にあるこの教室は、敷地に点在する空き家・空き地を改修してつくられる。


子どもたちが、普段の学校で学ぶ「座学」以外の実際生活を意識すると同時に、地元で学ぶ重要性と地域コミュニティの再生を目的とした提案である。「倉敷」という特徴あるマチに教室がある場合、倉敷でしかできない学びをマチに散りばめることによって、子どもたちと地域の人々との間に実際生活での様々な学びのきっかけを誘発する。


敷地となる対象エリアのコンテクストを読み解くと(詳細資料の□context参照:割愛)
まず、対象エリアを敷地の視覚的・空間的性格から3つに区分することができる

①えびす商店街のシャッター通り
②美観地区の裏側エリア
③鶴形山の散策路

これらの特徴を読み解き、「教室」となる空間の形態操作とそれぞれの空間で行われる学びの構成を考える。

エリア①では、「学びの路地」として商店街の商店と商店の間に明確な機能を持たない中間領域をつくる。ここを子どもたち、地域の人々の学びのミチとし、日常生活における実践的な学びを学習できるエリアとする。エリア②では、「創る袋小路」としてミチからの派生である路地が既存の内部に引き込まれて侵入し、そこで子どもたち、観光客を含めた「創る」を目的とした教室が生まれる。エリア③では、「触れる山道」として子どもたちが放課後や昼休みに散策できる散歩道を計画し、直接自然に触れることで自分たちの居場所を発見する事ができる。

 

4 アイデアの実施・運営方法、地域との連携方法
地域との連携がとても重要で、一度に全ての教室をつくらず、段階的に教室を増やして行くというイメージで提案している。地元の中小企業が教室に入って子どもたちに授業を行う場合、同時に地域の人々や観光客もそれに参加できるため、地元の商品への関心が高まり商業面でもメリットがある。また、地域にすむ高齢者がボランティアとして子どもたちに趣味を教えるなど、世代を超えた交流を可能にし、地域の伝統や文化を子どもたちに継承していくことも視野に入れている。

 

5 期待される効果
まず、物理的環境からみた3つのエリアと全体を通して共通する4つの空間システムを適応することによって得られる効果を説明する。


室の縮小化…それぞれが規格化された広さの教室ではなく、切り取りにより少し間口が狭くなった部屋を用意することで、少人数での学習体験が可能になる。


間領域の形成…商店の外部のミチを辿っていくのではなく、内部空間を通ることでそれぞれの商店を必ず体験する。そのミチがそのまま教室となる。


ボリュームをえぐる操作…商店というボリュームをえぐられてできた外部は、そのまま教室や休憩スペースとなり、内部と外部を等価に扱うことで、4つの空間の境界は曖昧になる。
線と視線の関係…曲面に切り取ることで、開口の向きが多様となり、商店、教室間での視線が交錯する。完全には交錯せず、有機的な曲線の吸い込まれるようなミチの空間ができる。 
 また、衰退する商店街地域のコミュニティ再生と地域の文化を子どもたちに継承していくという重要な効果も期待できる。この提案で重要なキーパーソンとなる、商店街の教室でマナビを教える「マチの先生」には様々な在り方が考えられる。例えば、地元の中小企業が教室に入って子どもたちに授業を行う場合、同時に地域の人々や観光客もそれに参加できるため、地元の商品への関心が高まり商業面でもメリットがある。

また、地域にすむ高齢者がボランティアとして子どもたちに趣味を教えるなど、世代を超えた交流を可能にし、地域の伝統や文化を子どもたちに継承していくことにつながる。

 

6 このアイデアにかける思い
全ての子どもに均質な学力と集団生活のモラルを身に付けさせことを目的とした従来の学校教育の方法に疑問を持っていました。ひとりひとり興味があることも得意なことも様々で、自由にその個性を伸ばすことを掲げる一方で、座学というある特定の学びだけを教えるということはとても残念なことだと思います。

クラス単位で教員から一方的に教えられる画一的な一斉授業が学校における学びのスタイルとして定着した結果、同時にそれは学校の教室の典型的なパターンとなって表れました。最近になってやっとそうではない新しいタイプの学校がみられるようになりましたが、まだまだ昔からの教室空間の概念は拭えきれません。

それは子どもたちが学ぶ場所を学校の敷地内に収めてしまっているからではないでしょうか。そこで、教室自体を一度学校から解放し、通いなれたマチの中に分散してみることを考えました。同時に、商店街の衰退と絡め、この地域の人々とこの地域でしかできない実践的なマナビを目的としている点が地域事業や他地域と違う点であると考えます。

 


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